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2010/03/26
目覚めの時を待つ間
※本編の前の話になります。
 


「石に棲みたる者よ、我が声に応え、姿を現せ!」

ぎゅうううっと目を瞑り、必死な思いで教科書通りの召喚文句を叫んで、ティノは握り締めた杖を封印石に突き付ける。
えいやっと、それはもう先端から火の玉でも飛び出しそうな勢い。
だが、そんな勢いも虚しく、石も森も、シーンと静かなままで………。
「……」
ティノはソロリと片目を開けてみた。
目の前にある小振りの封印石は、最初に見たときと何一つ変わらぬ佇まいで、不思議な光を湛えているだけ…。
「あ〜〜〜…ダメかぁ〜〜……」
思いっ切りガッカリしたような様子でそう呟き、ティノは深い深い溜め息を付く。
「ううう、何でダメなんだろう……。僕、ホント召喚士に向いてないのかも……」
情けない声でぼやけば、
「………おめぇ…、ホントに気付いてねぇのけ?」
なんて…。
側で本を読んでいたノルに、呆れたような面持ちで言われ、ティノはガァンッとショックを受けた。
「ちょ、ちょっと、ノル君!そこはウソでも、そんなことないよって言ってくれるトコなんじゃないの〜〜っ?!?!」
酷いよ〜!と涙目になるティノに、ノルは肩を竦める。。
「……いや、才能の話でねぇんだけっどが…」
「え?」
神秘的な雰囲気を持つノルの瞳が、どうも自分の少し横を見ているようだと気付き、ティノはキョロキョロと周囲を見回した。
召喚士としての才能に溢れたこの友人は、幼い頃より、ティノや他の者には見えぬ者達が見えていたから…。
もしかしなくてもきっと、今、ティノの近くには『目に見えぬ何か』が居るということなのであろう。

………全然分かんない……。
やっぱり…才能がないから見えないのかな…。

そう思えば、沈んだ気持ちはますます沈んで、
「僕、今日はもう帰るね……」
ティノは溜め息混じりにそう言うと、学校のカバンを肩に掛けた。
「そうけ。俺は少し残ってくがら…」
「うん、気にしないで…、また明日…」
軽く手を振るその様も、ガックリしょんぼりと元気がない。

「……おめも、苦労すんな……」

トボトボと帰って行くティノの後を追って、ユラリと動いた影に、ノルはそう声を掛けた。
反応はない。
「…けっどが、おめのせいで誰も出てこれねぇがら…、ティノがガッカリしてっぺよ」
咎めるように言えば、影はようやく足を止め、僅かに振り向いて、ノルを睨んだらしい。
姿も瞳も、何も見えぬというのに、場を圧倒する底知れぬ威圧感にゾクリと背筋を冷たい物が走る。

……流石、銀獅子って所だっぺな……。

ノルの目にすらハッキリとは見えないその影は、この地に眠る伝説の守護獣の意識体だ。
『氷雪の銀獅子』と呼ばれるその守護獣の存在に、ノルが気付いたのは、もう何年も前のことで…。
更に、どうやらこの伝説の守護獣殿は、自分の友人にえらく執心しているらしいと気付いたのも、もう何年も前のことになる。
だが、当の本人であるティノは、全くと言っていい程、影にも、声にも、勿論、その主にも、気付いては居なくて……。
それどころか、その影や声に気付いているのは、目下の所、ノルだけだった。

本体は封印石の中だっでのに……、よくもまぁ…。

「…おめが、喚ばれんの待っでんのは知っどるけっど…、ティノはすっかり自信なくしちまってるけぇ…、おめを喚ぶなんで、大それた事はしねぇっぺよ?」
感じる威圧感を気にせぬようにしながら言葉を継げば、
『……んだべか…?』
銀獅子は考え込むような声でそう尋ねた。
「んだ。そもそも、俺でも、おめに喚び掛けるなんで考えね」
『なして?』
「……おめは伝説の守護獣だっけ、喚べるなんで軽々しく考えるもんでねぇべ?」
『………そ?』
「ん、そーいうもんだ」
首を傾げたらしい銀獅子に、思い切り頷いてみせ、ノルは静かに立ち上がる。
そして、傍らに置いたカバンを肩に掛け、数歩…歩き出してから。

「……ティノは来月…16になるっぺよ」

ノルは考え込んでいる銀獅子に軽く顔を向け、独り言のように呟いた。
「しだら、すぐに召喚獣を選ぶ儀式がある。喚べねぇ時は、召喚士…諦めるかも知んね」
『!』
ハッと緊張する空気。
周囲の気温がスウッと低くなったように感じられる。
意識体だけで、これだけ周囲に影響を及ぼすのだ。
本体が外に出れば、一体どんなことになるのだろう、と…少し興味を覚えながら。

「おめはもう、十分に待ったんでね?」

そう声を掛ければ、銀獅子は低く呻って…。
それから、スルリとその場を動いて…恐らくは、ティノの後を追ったのだろう。
「………けしかけちまっだな…」
気配の消えた森の向こうを暫くの間見送って、ノルはそう呟くと、その整った顔に小さな笑みを浮かべた。
伝説の守護獣に、行動せよと促すなど、何と大それた事か。

ティノ…驚くべな……。

ティノどころではない、村中の人間が、そして、世界中の召喚士達が驚くだろう。
何せ、氷雪の銀獅子が封印石の外へ出るのは数百年振りのことなのだ。
そう思えば、面白い事になりそうな気がするから…。
楽しみに思いながら、静まり返った森の道を歩いていれば、

『…早ぐ……ここさ……』

風に乗って聞こえて来たのはいつもの声…。
それは、自分を呼ぶ謎の守護獣の声で……。
ここへ来いと、自分の元へ来いと、その声はいつもそう言っていた。
けれど、その声の主は、幾ら探しても見つけることが出来ないから、何やら分からぬ焦燥感に、イライラばかりが募って…。
「…やがまし」
笑みを引っ込め、代わりにムスリと不機嫌そうな顔で、ノルは短く切り捨てる。

俺と契約してぇなら、おめの方からこ。

中空を睨み、胸の内でそう呟けば、呼ぶ声はピタリと止んだ。
そして代わりに、小さく笑ったような声が聞こえた気がする。

何も可笑しいこと言ってねぇっぺよ。
俺はおめなんざ、探さね。
だから、おめが出てこ。

ムッとして続けた呟きに、けれどもう、答えも笑みも返らなかった。
いつもそうなのだ。
『声』は呼ぶだけ。
ノルを呼びはするが、それ以上、会話をすることはなく、銀獅子のように意識体の影を見せることもない…。
だが、感じる力はとても強い物で…。
だからこそ、声の主である守護獣には、何らかの制限があるのかもしれない。
だが、それを知ることは出来ないから…。
「……一体ぇ…何だんべな…」
ノルは溜め息を付くと、歩き出した。

声の主を知りたいと、素直に思う。

いつも呼ばれるばかりで…、姿も、名前も知らない謎の守護獣…。
ノルが「煩い」と言っても、諦めることはなく…。
何度も、何度も、しつこい程に……。
それは何処か、ティノを待つ銀獅子の姿に重ねられるようで…。
だからなのかも知れない。
銀獅子をけしかけたりしたのは…。
ノルは、本当は…自分を呼ぶ守護獣に言いたいのだ。

行動を起こせと。

いつか……出てくんだべか……。
銀獅子みでぇに………いつか……。

ヒュウと森を吹き抜ける風。
その風の吹き来る、森の奥を見据えて…。
それからノルは踵を返し、家路についた。


そして…。
その謎の守護獣が本当に行動を起こし、ノルの目の前に現れるのは、ベールヴァルドがティノの目の前に現れて間もなくのことになるのだ。

そう、それは後もう少しだけ、先のこと……。



+   +   +   +   +


てことで。
番外編1でティノをマスターにすると決めたベールさん。
ティノが喚んでくれるのを、今か今かと待っていたんだろうな…って感じで。
ちなみに、この逆バージョンをその内書こうと思ってるんですが、それがどんな形になるかは未定です。

つか、ベールさんもデンさんも、ハッキリ言って「ス・ト・カ!!!」なんですが、そいつぁ言っちゃあいけないぜとゆーお約束★


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