「おめ、名前は?」 「…ティノ…。ティノ・ヴァイナマイネン…」 ベールヴァルドはハッと目を見開いた。 ヴァイナマイネンと言う名には聞き覚えがある…というか、あり過ぎるというか…。 「おめ…、オトメの…?」 怖ず怖ずと尋ねれば、ティノの瞳には再び涙が滲んで…。 それはアッという間にぶわっと溢れ出した。
だがら…泣いでんのか……。
ティノの涙の本当の理由が分かり、ベールヴァルドはズキリと胸が痛んだ。 ヴァイナマイネン家は、昔から優秀なオトメを多く輩出している家系である。 最近ではレナ・ヴァイナマイネンという娘が、ベールヴァルドの兄のオトメになった。 いや、だったと…言うべきか…。 十以上も歳の離れた兄は、次期王になるための即位式を間近に控えていたが…、つい先日、不慮の事故で亡くなったのだ。 「…レナ、お姉ちゃん…っ」 嗚咽混じりに言うティノの声が聞こえて…ベールヴァルドの胸はまた、ズキリと痛む。
オトメと主は契約によって魂が繋がっている。
だから、主に何かがあれば、またはオトメに何かがあれば、それぞれ、相手にも影響が及ぶのだ。 一方がケガをすれば、その痛みが相手に…、一方に死が訪れれば、もう一方にも死が訪れる。
だから、そう……ティノの姉は、ベールヴァルドの兄と共に死んだのだ。
「おねえちゃん…、王子様、守れなかったって…、みんなが……、みんなが……」 主を守れなかったオトメの名が、貶められるのはよくある事である。 ベールヴァルドは泣きじゃくるティノの頭に、そっと手を伸ばした。 伸ばしたものの、撫でるか、軽く叩くか、どうしようと迷いながら…。 「……おめのあね様は、すげぇオトメだったど」 そう言えば、ティノがバッと顔を上げる。 「お姉ちゃんを知ってるの?」 「ん…」 「…君は、誰?」 驚きよりも、訝しげな表情の強く現れた瞳を、ジイッと見つめて、ベールヴァルドは少し困った。 本当の名を告げて良いのだろうか、と思う。 この傷ついた少年に。
「……俺は………ベールヴァルドだ…。ベールヴァルド・オキセンスシェルナ…」
それでも、ウソを付くのは良くないと思うから。 ベールヴァルドは正直に自分の名を明かした。 「べ、ベール…ヴァルド……オキセンス…シェルナ…?」 紫の瞳が大きく大きく見開かれる。 呼吸すら、涙すらも止めて見つめ、ティノはそれから弾かれたようにベンチを立った。 「ご……っ、ごめ、なさ…っ…!ごめんなさい!ごめんなさいっ!」 「なして、謝んの?」 「だって…だって、僕のお姉ちゃんが、あなたの…お兄さんを…っ!」 お兄さんを!と、嘆く声は悲鳴のようで…。 その痛々しい響きに、ベールヴァルドは顔を顰める。 「…だげんちょも…」 ん〜と呻ってポケットを探ってから、ティノの手を取って。 「それ、おめにゃ関係ねぇべ?」 何かを握らせ、フイと僅かに顔を背けるベールヴァルド。 「え…?」 ティノは何かを握らせられた掌を見つめた。 そこにあったのは、キャンディの包み。 「け」 きょとんぱちくりと、間の抜けた顔で自分と飴を見比べているティノにそう言って、ベールヴァルドは自分も飴を取り出した。
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