「はい?」 「開けてくれる〜?手が塞がってるの!」 ドアの向こうから聞こえてきたのは、女の人の声だった。 ティノとエドァルドは顔を見合わせ、それからドアを見やる。 「早く!」 「あ、はい!」 きびきびした声で言われ、ティノは慌ててドアを開けた。 「ありがと〜」 ドアの向こうにいたのは、ティノでも知っている有名なパール生だった。 下の方だけ緩いウェーブがかかった栗色の長い髪と、右耳のちょっと上あたりに留められた花飾りがトレードマークの…。
確か…トリアスナンバー1の…エリザベータ・ヘーデルヴァーリ…さん…だっけ?
ティノが名前と顔を一致させていれば、彼女は二人を押し退けるようにして部屋に入り、両手に抱えていた物をドサリと机の上に置いた。 そして、くるりと振り返り、 「あなたがティノよね?」 そう言って、ティノに手を差し出す。 「え、あ、はい…!」 「わたしはエリザベータ・ヘーデルヴァーリ。これからよろしくね!」 「……はあ…、こちらこそ…」 これからよろしくね、とは一体どういう意味なのか…。 ティノが戸惑いながらもその手を取れば、エリザベータはニッコリと微笑んだ。
「ねえねえ、ティノ、これって持って行かれた君の私物じゃないかい?」
エドァルドにコソリと言われ、ティノはチラリと自分の机を見やった。 成る程。 確かに、そこにあるのは、カードと引き替えに消えたティノの私物だ。 多分、なくなった物全部だろう。 「ええと…、これは…?」 「今日から君はわたしのお部屋係よ」 パチンとウィンク1つ。 「「え?」」 その言葉に、ティノとエドァルドの声がハモった。 「ん?あ、そっか…一応儀式はやっとかなきゃかな?」 エリザベータは「あ」なんて言いながら、つい今し方運んできたティノの私物をザッと見て…。 「じゃあ、これ…貰ってもいい?」 フワフワした子犬の絵が描かれたマグカップを手に取った。 「え?あえっと………はい…」
えー……と…? これは……一体全体…どういう事????
わけの分からないまま、それでも頷けば、 「カードは省略ってことで☆んーと、じゃあわたしからは……」 ええと…と呟き、花飾りの付いた髪留めを外すエリザベータ。 「これ、あげる♪」 オマケにそれを髪に付けてくれたりなんかして…。 「うん、可愛い可愛い♪」
えーとえーとえーと……。 つまり……これって…花泥棒の日って儀式で………それで……つまり…。
「えええっ?!?!ぼ、僕のお姉様っっ?!?!」 ようやく状況が飲み込め、ティノはぎょっとしてエリザベータを凝視した。 「うんそう。いや?」 「うえええっっ?!?!い、いやって、そんなっ、イヤだなんて事はないですけどっ、でもでも…、あの、何で…ですか?」 トリアスとは、パール生の成績上位者3名の特別な呼び名で、彼らは生徒でありながら、他の生徒の模範となり、その生活や風紀を指導する立場にある。 エリザベータはそのトリアスのナンバー1を務めている。 つまり、ガルデローベの全生徒の中で一番すごい人ということだ。 そんな有名人が、何故、自分なんかを…と、とにかくビックリしてしまって…。 だが、 「だって、可愛いから♪」 エリザベータは事も無げにそう言うと、またニコッと微笑んだ。
か、可愛いって………!! こんな綺麗な人に言われても……!!! ってゆーか、第一、僕…男なんですけど………。 あ…、も、もしかして、この人…気を付けなきゃいけないってタイプの人なのかな…。
先程、アルフレッドにされた事やエドァルドに言われた事を思い出し、ティノはどうしようと心の中で呟いた。 すると、そんな思いはすっかりお見通しといった感じで、 「あら、もしかして不安にさせちゃった?」 エリザベータはさも可笑しいと言わんばかりに、ごめんごめん☆なんて明るく笑う。 「でも、大丈夫☆実は、学園長に頼まれたの。私なら、もうお仕えするマスターも決まってるし、安心だと思ったんじゃないかな?」 「え…?が、学園長…?」 「頼まれたんですか?学園長に?」 エリザベータの言葉に、ティノとエドァルドは顔を見合わせた。 二人の脳裏に、バッシュの厳しそうな顔が浮かぶ。 入学以来、何かにつけて顔や姿を見る機会は多い人だが、特に個別で話をしたような覚えはない。
ますますもって、分からない………。 てゆーか、何で???
二人の顔にハッキリと表れたそんな戸惑いを見て、エリザベータはパタパタと手を振った。 「あ、それまで何で?なんて聞かないでね。私だって、そこまでは聞いてないんだから!」 「え…、そうなんですか…?」 「そう!ま、とにかく。君は私のお部屋係になったわけだから、早速、部屋に来て貰おうかな♪」 パチリ☆とウィンク1つ。 エリザベータに「いいかな?」なんて尋ねられ、ティノはコクリと頷くほかなかった。
|