花泥棒とティノのお姉様 >
Update : 2009/07/01

「はい?」
「開けてくれる〜?手が塞がってるの!」
ドアの向こうから聞こえてきたのは、女の人の声だった。
ティノとエドァルドは顔を見合わせ、それからドアを見やる。
「早く!」
「あ、はい!」
きびきびした声で言われ、ティノは慌ててドアを開けた。
「ありがと〜」
ドアの向こうにいたのは、ティノでも知っている有名なパール生だった。
下の方だけ緩いウェーブがかかった栗色の長い髪と、右耳のちょっと上あたりに留められた花飾りがトレードマークの…。

確か…トリアスナンバー1の…エリザベータ・ヘーデルヴァーリ…さん…だっけ?

ティノが名前と顔を一致させていれば、彼女は二人を押し退けるようにして部屋に入り、両手に抱えていた物をドサリと机の上に置いた。
そして、くるりと振り返り、
「あなたがティノよね?」
そう言って、ティノに手を差し出す。
「え、あ、はい…!」
「わたしはエリザベータ・ヘーデルヴァーリ。これからよろしくね!」
「……はあ…、こちらこそ…」
これからよろしくね、とは一体どういう意味なのか…。
ティノが戸惑いながらもその手を取れば、エリザベータはニッコリと微笑んだ。

「ねえねえ、ティノ、これって持って行かれた君の私物じゃないかい?」

エドァルドにコソリと言われ、ティノはチラリと自分の机を見やった。
成る程。
確かに、そこにあるのは、カードと引き替えに消えたティノの私物だ。
多分、なくなった物全部だろう。
「ええと…、これは…?」
「今日から君はわたしのお部屋係よ」
パチンとウィンク1つ。
「「え?」」
その言葉に、ティノとエドァルドの声がハモった。
「ん?あ、そっか…一応儀式はやっとかなきゃかな?」
エリザベータは「あ」なんて言いながら、つい今し方運んできたティノの私物をザッと見て…。
「じゃあ、これ…貰ってもいい?」
フワフワした子犬の絵が描かれたマグカップを手に取った。
「え?あえっと………はい…」

えー……と…?
これは……一体全体…どういう事????

わけの分からないまま、それでも頷けば、
「カードは省略ってことで☆んーと、じゃあわたしからは……」
ええと…と呟き、花飾りの付いた髪留めを外すエリザベータ。
「これ、あげる♪」
オマケにそれを髪に付けてくれたりなんかして…。
「うん、可愛い可愛い♪」

えーとえーとえーと……。
つまり……これって…花泥棒の日って儀式で………それで……つまり…。

「えええっ?!?!ぼ、僕のお姉様っっ?!?!」
ようやく状況が飲み込め、ティノはぎょっとしてエリザベータを凝視した。
「うんそう。いや?」
「うえええっっ?!?!い、いやって、そんなっ、イヤだなんて事はないですけどっ、でもでも…、あの、何で…ですか?」
トリアスとは、パール生の成績上位者3名の特別な呼び名で、彼らは生徒でありながら、他の生徒の模範となり、その生活や風紀を指導する立場にある。
エリザベータはそのトリアスのナンバー1を務めている。
つまり、ガルデローベの全生徒の中で一番すごい人ということだ。
そんな有名人が、何故、自分なんかを…と、とにかくビックリしてしまって…。
だが、
「だって、可愛いから♪」
エリザベータは事も無げにそう言うと、またニコッと微笑んだ。

か、可愛いって………!!
こんな綺麗な人に言われても……!!!
ってゆーか、第一、僕…男なんですけど………。
あ…、も、もしかして、この人…気を付けなきゃいけないってタイプの人なのかな…。

先程、アルフレッドにされた事やエドァルドに言われた事を思い出し、ティノはどうしようと心の中で呟いた。
すると、そんな思いはすっかりお見通しといった感じで、
「あら、もしかして不安にさせちゃった?」
エリザベータはさも可笑しいと言わんばかりに、ごめんごめん☆なんて明るく笑う。
「でも、大丈夫☆実は、学園長に頼まれたの。私なら、もうお仕えするマスターも決まってるし、安心だと思ったんじゃないかな?」
「え…?が、学園長…?」
「頼まれたんですか?学園長に?」
エリザベータの言葉に、ティノとエドァルドは顔を見合わせた。
二人の脳裏に、バッシュの厳しそうな顔が浮かぶ。
入学以来、何かにつけて顔や姿を見る機会は多い人だが、特に個別で話をしたような覚えはない。

ますますもって、分からない………。
てゆーか、何で???

二人の顔にハッキリと表れたそんな戸惑いを見て、エリザベータはパタパタと手を振った。
「あ、それまで何で?なんて聞かないでね。私だって、そこまでは聞いてないんだから!」
「え…、そうなんですか…?」
「そう!ま、とにかく。君は私のお部屋係になったわけだから、早速、部屋に来て貰おうかな♪」
パチリ☆とウィンク1つ。
エリザベータに「いいかな?」なんて尋ねられ、ティノはコクリと頷くほかなかった。