・ ・ ・
「………って。ドキドキワクワクで、幸せいっぱい夢いっぱいな感じだったのになぁ………」
あーあ…と呟いて、ティノはベッドの上で寝返りを打った。 彼のマスターであるベールヴァルドは、隣の部屋で執務に励んでいる。 本来ならば、もっと側に…せめて同じ室内に控えて、政務の手伝いや警護に当たるべきなのだろうが…。 何故か当の本人が「ええがら」なんて…それを望まないから…。 「僕…なーんにも役に立ってないよね……」 そう呟けば、何とも情けない気持ちになって、は〜…と溜め息ばかりが漏れてしまう。 マイスターオトメは、強大な力そのものであるから、役に立っていないのは、それだけ平和だと言うことで…、良いことなのだろう。 だが、新米マイスターであり『ベールヴァルドのオトメになって、立派に務めを果たす!』というのが子供の頃からの夢だったティノにしてみれば、本当にこれでいいのだろうか…と、自分の存在意義を考えちゃったりしてしまって…。 三食昼寝付き・仕事なしなんて、人が聞いたら羨む待遇なのだろうが…。
これでも、学校でいろいろ習って…何でも出来る気でいたんだけどな…。 でも、実際はスーさんのが全然、何でも出来ちゃうし…やっちゃうし…やってくれちゃうし……。 メイドさん達も優秀だし…。 うう、僕ってホントに何の役にも立ってない………。 このままじゃ、予算の関係でクビ……とか……! うわああ、ホントにありそうだよ〜!!!
「フィン?」 「どうしよう…何か僕に出来る事って……」 「フィン、寝でんの?」 「何かないのか〜何か〜…って、おひゃあっ!す、スーさんっっっっ!」 ぼんやりと考え事に耽っていたティノは、にょきっと視界に現れたベールヴァルドの顔に、思いっきり跳ね起きた。 途端、ガツンっと…。 頭に感じる衝撃と痛み。 星の舞った視界。 ズン…と、重い音が続いて……。 「ったぁあ〜〜っっ☆ってゆーか、スーさん!あわわっ!やだうそ!ごめんなさいっ!」 ハッと気付けば、ベッド脇で顎を抑えて屈んでいるベールヴァルド。 あわわわと大慌てでベッドを降り、ティノはどうしようどうしようとオロオロしてしまう。 「えっと、み、水!そうだ、きっと、冷やした方が…!」 「…………」 だが、立ち上がったティノの手をベールヴァルドがガシッと掴んだ。 「スーさん?」 ギンッと向けられる視線が怖すぎる。 それはもう、大分見慣れて来たティノですら、ヒッと小さく息を呑むほどのド迫力。 「す…、す、すいま…せ……っ」 カタカタ小さく震えてしまう自分を心の中で叱りながら、ティノは懸命に謝罪の言葉を口にした。
ど、どうしようどうしようどうしよう。 怒られる…っ、じゃなくて、ホントにクビにされちゃうかもっっ! 僕まだ全っ然、何の役にも立ってなくて…なのになのに、こんな事…っ!
泣いている場合じゃないと思うのだが、恐怖と混乱と情けなさで、どうしても涙が滲んでくる。 「あ、ああ、あのぅっ、わ、わざとじゃ…ないんです…っ」 ベールヴァルドが緩く首を振る。 ズイと伸びる手。 ぶたれるのかと身を竦めれば、その手は驚くほど優しく、ティノの頭を撫でてくれた。 「平気」 「ふえ…?」 「こんぐれぇ、痛ぐね」 だから泣くなと…、綺麗な空色の瞳がそう言っているように見えて…。 「ひう…っ」 グスっと鼻を啜れば、ベールヴァルドがぷすと小さく笑った。 「おめ、変わんねぇなぃ」 「うう…、す、すみません、ホント、そそっかしいの全然変わらなくて……」 「んでね。泣き虫の方」 「え…っ」 殆ど表情の変わらないベールヴァルドにしては珍しく、面白がっていると分かるような顔で…、 手はよしよしとティノの頭を撫で続けている。 「な、泣き虫じゃないですよっ!」 「そ?」 「そーですっ!これは、何てゆーか…その、ビックリしてですね…」 ぷうっと膨れるティノの頭を、最後はポンポンと宥めるように軽く叩いて、ベールヴァルドは手を離した。 そして、ベッドから離れると、すいっと窓の方を見やる。
本日の天候は快晴。 空は綺麗に澄み渡り、白い雲がプカプカ浮かんで…陽射しは暖かそうだ。 ベールヴァルドの視線が逸れている間に、ティノはゴシゴシと顔を拭って…、向こうの壁に掛かった鏡をチラリと見やった。 泣いたせいで鼻の頭が赤いが、まあ、その内に収まるだろう。
僕ってホントそそっかしい……。 先生達にも注意するようにって言われてたのに……。 ホント、気を付けなきゃ…。
胸の中でプチ反省をしながら、それでも、クビにならなくて良かった…なんて思ったりして。 ティノが、はあ…とどっちつかずの溜め息を落とせば、 「…散歩行っけど…、おめは?」 タイミングでも計っていたのか…ベールヴァルドがそう声を掛けた。
|