じいい、じいいと。 側にいればいつでも、突き刺さるように感じるベールヴァルドの視線。 昔からのことだが、いい加減飽きたりしないのだろうか…。 一度聞いてみたい気もするが、答えが何だか怖い気もする。 それに、とティノは内心一人ごちた。
段々…、慣れて来ちゃったんだよね……。 そりゃ、オトメになってから、四六時中一緒にいるんだもん。 慣れなきゃって感じだけど…。 それより……。
「ねえ、スーさん…?」 「ん?」 「僕に出来ること…何かないですか?」 思い切って尋ねてみれば、ベールヴァルドは不思議そうに首を傾げた。 「なして?」 「だって僕、毎日、殆ど何もしてなくて…。このままでいいのかな、って…」 「そ?」 「そーですよ!僕は貴方のオトメで、お客様じゃないんですから!何か仕事を…」 「…おめは…おめにしか出来ねごとしてんでねぇの」 ティノの言葉を遮り、ベールヴァルドは事も無げに言う。 「それは…、戦争の…抑止力になってるって意味ですか?」 「ん」 コクリと頷くベールヴァルドに、ティノはきゅっと唇を噛み締めた。 それは、確かにそうだろう。 オトメは超強力な兵器みたいなものだ。 各国がオトメを持っているからこそ、そしてそのオトメが国王と命を共にしているからこそ、戦争が起こるのを防ぐことが出来ているのだ。 だが、それはマイスターオトメならば、誰もが同じ…。 ティノが聞いているのは、もっと自分だけに出来るような…、それでベールヴァルドの役に立つようなことなのだが……。
何か、もっとちゃんと、スーさんに必要って思われる事がしたいんだけどな…。 このままじゃ、もう要らないって思われそうだもん…。 スーさんがそう思わなくても、大臣さん達とかにさ……。
折角、夢を叶えてベールヴァルドのオトメになったのに、何も出来ないままクビになったりしたら…と思えば、どうしても不安で憂鬱で…。 「浮かね顔しでっごと…」 「あ…スミマセン、ちょっといろいろ…考えちゃって……」 あははと誤魔化すように笑うティノを、ベールヴァルドは暫くの間黙って見つめて…。 「……そだに…焦んねでも…」 ポツリとそう言った。 「え?」 それは小さな呟きだったから、ティノの耳には届かなかったのだろう。 紫水晶みたいな瞳が、パチクリと瞬く。 ベールヴァルドは、特に何も答えず、スイと視線を外した。 ティノが悩んでいると思えば、チクリと胸が痛んだ。
側にいると仕事になんねなんて…、いい加減、何とかしねぇとなぃ…。
チラリと見れば、また視線を落として考え込んでいるティノ。 沈んだその表情すら、見れば『めんげぇ…』と思ってしまって…。 ついつい、見とれてしまう。 今の今、いい加減何とかしないと…なんて思った筈なのに…。
オトメの仕事は、何も戦いだけではない。
オトメはあらゆる面に於いてマスターの望みを叶えるべく、様々な教育を受けている。 マスターの相談役となり、政治に関わったり、身の回りの世話をしたり、その役目はマスターの望み次第で様々なのだ。 ティノはガルデローベでトリアスを務めていた位に優秀だったのだから、きっと良い相談相手になるだろう。 それは最初から分かっていた。 だが、ティノが側にいると、ベールヴァルドは仕事に集中出来ないのだ。 情けない話だと思うが、分かっていてもどうにもならないのだから仕方がない。 「…スーさん」 ふいに、ティノが茂みの向こうを見据えて、固い声を出した。 「なじょした?」 「誰か来ます」 成る程、ティノの言葉の通り、誰かがこちらに向かって走ってくるような音が、段々と近付いてくる。 そして、
「陛下!東庭園にスレイブが現れましたっ!」
ガサリと、茂みを割って駆け出してきたのは一人の兵士で、彼はゼイゼイと肩で息を付くと、その場に片膝を付いた。
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