※エロ有りなので、苦手な方はお気を付け下さい。 ※続いてます
ティノがベールヴァルドのオトメとなって早数ヶ月………。
世界には不穏な空気が重く重く蔓延していた。 スレイブの出現も多くなり、オトメ達の出番も増えて…各国の関係が微妙に軋み始めていた折り…。 何を思ったのか、ロシアのオトメがティノに闘いを挑んできた。
「さあ、出てきなさい!清恋の天藍石!私と勝負するのです!」
世界大戦後、国同士の全面戦争は影を潜め、王のマイスターオトメによる決闘で勝敗を付ける『代理戦争』が主流になっている。 だから今、ティノに勝負を挑んでいるのは、ロシア皇帝のマイスターオトメ『深淵の翡翠』こと、ナターリヤ・アルロフスカヤ…その人で……。
「…深淵の翡翠…、これは何の真似ですか?」
射出台に立ったティノは、いつもの温厚な彼からは想像も付かないような厳しい顔で、ナターリヤを睨んだ。 「勿論、兄さんの望みです」 ナターリヤは長い髪をサラリと梳いて、事も無げに言う。 「つまり、ロシアの皇帝陛下は我がスウェーデンと戦争を望んでいる、と?」 「黙って従うなら、その命は助けてもいいとのことです」 「勝手なこと言わないで下さい!」 ティノの叫びに呼応するように、その手に現れる二門式トンファー…。 それが、清恋の天藍石のエレメント(武器)である。 「…交渉、決裂ですか」 対するナターリヤの、深淵の翡翠のエレメントは、金属の鞭…。 ビュンッと、ナターリヤが手にした鞭を虚空に振るえば、風が刃となってティノの髪を薙いだ。 「始めに言っておきますが、ロシアに手加減なんてサービスはありませんから…全力で行きますよ」 「望むところです。僕は絶対、負けませんよ!」 オトメの命はマスターの命。 戦いに敗れ、死ぬようなことがあれば、マスターも同時に死んでしまうのだ。 だからこそ、真剣で…。 一触即発の空気。 高まる緊張。
やっぱ…、闘わせらんね…。
「フィン」 ふいに掛けられた声に驚き、ティノが背後を振り返れば、いつの間に上がってきたのか、ベールヴァルドが射出台に上がって来ていた。 「えっ?ちょっ、ちょっとスーさんっっ?!何でこんな所に居るんですかっっ?!?!」 「こっちゃこせ」 来い来いと手で示され、ティノは何事かと慌てて駆け寄る。 「どうしたんですか?スーさん?」 「やめだ。戻っぞ」 「は?」 思いもよらぬその言葉に、目が点になるティノ。 パチクリと瞬きをするその瞳をジッと見つめて、 「戻っぞ」 ベールヴァルドはもう一度そう言った。 「え、ええええええ〜〜〜っっっ?!?!?!ちょっ、な、何言ってんですか!そんなの、今更無理…」 「おめ、闘いてぇのか?」 「え、いや、それは…!でも…っ」 スレイブ相手ならいざ知らず、オトメ同士の戦闘など、誰だとて気が進む筈がない。 だって、オトメはみんな、かつてガルデローベで学んだ先輩であり、後輩であり、誰かの友人なのだ。 だが、それでも、マスターの命を預かり、その命令に従うことがオトメの使命であり、誉れであり、幸せであると叩き込まれているから…。 「だって…」 「フィン」 行くぞとベールヴァルドが言いかけた時…。 ドンッと、空気が弾けるような音がした。 ビュッと、空気の裂けるような音が…。 「逃がさない!」 聞こえたのはナターリヤの声。 鞭が呻り、二人に襲いかかる。 「危ないっ!」 ティノは慌ててベールヴァルドの前に出た。 咄嗟に張ったシールドで鞭の攻撃を交わし、続けて向かってきたナターリヤに反撃をしようとして……けれど、その腕がふいに強く引かれたから…。 「え…っ?」 それはベールヴァルドの手だった。 驚いたティノを一気に引き寄せ、身体の位置を変えて、ベールヴァルドがナターリヤを迎え撃つ。 「なっ?!」 まさか、生身の人間が…しかも、一国の王がオトメの前に出てくるなどとは思ってもみなかったのだろう。 ナターリヤの攻撃はベールヴァルドの肩を捉えただけで。 驚きが産んだその一瞬の躊躇を、ベールヴァルドは見逃さなかった。 いつの間にやら抜かれていた剣が、ナターリヤの喉元にスッと突き付けられる。 「!」 「帰ぇれ」 「く…っ…」 睨み合う二人の剣幕に、ティノは息をすることすら忘れて…。 永遠とも思える数分…否、実際には一分に満たない時間だったかも知れない。
『ナターリヤ、戻っておいで』
ナターリヤの無線に響いたロシア皇帝イヴァンの声が、二人にも聞こえる。 その指令に、一瞬目を大きく見開いたものの、 「……はい、お兄さま…」 ナターリヤはコクリと頷くと、いともあっさりとその場から立ち去った。
「は……はぁあ〜〜〜〜……」
その姿が、豆粒ほどまで小さくなると、ティノはヘナヘナとその場にへたり込んだ。 すると、今までは気にならなかった痛みを、急に感じ始めて…。 右肩がズキズキするのに、ハッとする。 「スーさん!ケガっ!ケガしてますよっ!」 「ん…」 慌てて主の姿を確認すれば、ベールヴァルドは僅かに振り返って、小さく口を開いた。
『すまね…、おめに、痛ぇ思いさせちまったなぃ…』
そう言うつもりだった。 言ったつもりだった。 だが、それは声にはならず、ただ空気が漏れて…。 視界がぐらりと傾いた。
ああ……いい天気…だな…ぃ…………。
晴天に、プカプカ浮かぶ白い雲。 駆け寄ってきたティノの顔が、その空を隠し、その顔も歪んで、霞んで……。 そして、フッと全てが消えて…。 「スーさんっ!スーーーさぁああーーんっっ!!!!」 薄れゆく意識の中、悲鳴のようなティノの声だけが、長く長く尾を引いて、暫くの間響いていた。
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