玄関を開けたら人が倒れていた。
ジリジリと灼け付くような陽射し。
ユラユラと立ち上る蜃気楼。
体中から吹き出す汗すら、たちまち蒸発してしまいそうな程の暑さ。
そんな真夏の昼日中。
ムヒョは自宅の玄関先で一人の行き倒れを発見したのだ。
「………オイ…」
玄関の扉から顔を出し、声をかけてみる。
バッタリと倒れ込んでいるその人物は、『多分』が付くくらい可愛らしい顔立ちをした少年で…。
年の頃なら16、7歳位だろうか。
この暑い最中に、執行服のような真っ黒なマントをシッカリと羽織っている。
ああ…何だ…こりゃ、人間じゃねぇナ。
その少年から感じる気配にそう気付き、ムヒョは興味を覚えて玄関を出た。
人間ではない。
だが、怨霊でもない。
強いて言うなら、地獄の住人達のような気配。
何処ぞの執行人が使者を喚ぶのに失敗でもしたか…と、そんな事を思いながら。
ムヒョはその顔をしげしげと眺めた。
フワフワした金髪は、光の具合で薄く緑にも見える。
長い睫毛は濃い金色で…。
その下に隠れた瞳は、一体どんな色だろうか…と、気になりつつ。
「……オイ…」
ムヒョはまた短く声をかけた。
血の気のない顔。
血の気のない唇が、微かに動いて何事かを呟いた。
「オイ、生きてるか?」
「…ち……が…」
「あ?」
掠れた小さな呻きに、ムヒョはその場へとしゃがむと、口元へ耳を近づけた。
弱い吐息があたる。
「…ち…、ほし……」
「…………」
聞こえた言葉に身を起こし、ムヒョはじいっと少年を見つめ…そして、
「…上等ダ」
愉しげにヒッヒと笑った。
血が欲しい、と…少年はそう言ったのだ。
指先に歯を立て、小さな傷を付ける。
そして、滲み出した血を少年の唇に近づければ…。
「…ん…」
ヒクと鼻が動き、うっすらと目が開いた。
何処か陶然としたその瞳。
僅かに頭が上がり、ぺろりと赤い舌が指先を舐める。
「血…」
ハッと見開かれた茶色の瞳。
手がムヒョの指をガシリと掴み、唇が傷口を覆った。
そのままちゅうちゅうと吸われて…その感触に胸がざわめく。
腹の底、身体の芯から湧き起こるような熱…。
ゾクリと背筋を震えが走る。
一心に吸い付いている少年の顔を見つめ、ムヒョはどんどんと堪らぬ気持ちになって…。
「オイ」
ワケの分からぬ焦燥感に、グイと金髪の頭を押しやった。
「…ぁ…っ」
離れた指先を見つめる切なげな瞳と、濡れた唇の艶めかしさに、ドキリと胸が高鳴る。
「オメェは何だ?」
「…ボク…?ボクは…ロージー…」
「…名前じゃねェ」
顔を顰めてそう言えば、ロージーと名乗った少年は困惑したような顔つきになってムヒョを見た。
少量でも血を吸った為か、血の気が戻って…。
薄紅色になった頬と唇に、一段と愛らしさが増す。
「その容姿と…血を好むトコ見ると…ヴァンパイアか?」
何故こんなにも胸が騒ぐのかと、自分自身を訝しく思いながら。
「…っ」
訊ねれば、そのヴァンパイアという単語を聞いてか、ロージーはギクリと身を竦めた。
見つめる瞳に浮かぶのは、明らかな怯えの表情。
不安げなその顔が、また妙に愛らしい。
「ぼ…ボクは……ヴァンパイアと人のハーフで…」
「ほう、混血か。で?何で行き倒れてた?」
「え…?キミ…ボクのこと怖くないの?」
「あ?何でオレがオメェを怖がんなきゃなんねーんだ?」
「だって…ボク、ば、化け物…だし…、普通は気味が悪いとか…思うでしょ…?」
そう言いながら、自分の言葉に自分で傷ついたらしい。
ロージーは顔を曇らせ、視線を俯かせる。
「アホか」
ムヒョは下らないとばかりに、ただ一言そう言った。
「!」
それが余程意外だったのか…。
元々大きな茶色の瞳が、一層大きく丸くなる。
マジマジと見つめられるのが、何だかとても落ち着かなくて…。
「で、何で行き倒れてた?」
僅かに視線を外しながら訊ねれば、
「あ、あの、それは…お腹が減って……」
ロージーはもじもじとそう答える。
「あ?」
「その、ずっと…血を吸ってなかったから…」
「何でだ?」
「ボク、偏食で……なかなか合う血がないんだ…」
合わない血を吸うと吐いちゃうの…と、小さな声で。
ロージーのその言葉に、今度はムヒョがポカンとした顔になった。
「さっきのって…キミの血だよね?すごく…その、美味しかった…」
…何でそこで顔を赤らめる…。
言いながらエヘッと笑い、ほんのりと頬を染めたロージーに、ムヒョの胸はまたドキドキと高鳴る。
誰かを可愛いと思った事なんて、今までにはなかった。
だが、今…この自分よりも随分と大きな少年を前にして…。
ムヒョは確かに、可愛いと思ってドキドキとしている。
もし、もう少し血が欲しいなんて言われたら、うっかりあげてしまいそうだ。
いやいやいや…ありえねェだろ、そんなん。
何やら慌ててそんな思いを否定しながら。
「そんで?オメェ…何でこんなトコにいる?」
ムヒョの家は魔法律協会の外れの森の中にある。
余程の用がない限り、ここに人がやって来るようなことはないのだ。
問えば、ロージーは途端に恥ずかしそうな顔をした。
「…あのね、魔具師さんトコに血液製剤を買いに来たんだけど………迷子になっちゃって…」
迷ってる内に目が回って倒れちゃったの、なんて言われ、それにまたズキューンとハートを打ち抜かれたりして…。
そんな自分に本気なのかと問うが、騒ぎ通しの自分の胸が、何よりの証拠だから。
あまりにも凶悪な日差しのせいで、頭がおかしくなったのかも知れない、とも思いつつ。
「まあ…何だ、とにかく中に入れ」
なんて…、帰したくない気持ちのままに言ってしまう。
「えっ?いいの?」
警戒されるだろうかと思ったが、ロージーは嬉しそうに顔を輝かせた。
この暑さと、空腹だか貧血だかのせいで、見かけよりもへばっているのだろう。
「お、おう!今日はそれでなくとも暑いからナ…また倒れたら面倒だろ?」
少し休んでいけばいい、なんて。
尤もらしい事を言うと、ムヒョは玄関を開けて中に入るよう促した。
☆ ★ ☆
「オメェの行く予定だった魔具師の店って…、もしかしてビコのトコか?」
旧友である魔具師のビコの店は、この山の隣の山にある。
迷ったとはいえ、こんな辺鄙な所に来てしまうなど、元々行く予定だった場所も辺鄙な所だったのだろう、と…。
ビコが聞いたらさぞ怒るであろう推測をして…。
だが、それはまさしくビンゴだったらしい。
ロージーはウンウンと頷いた。
「うん、そうだよ!何で分かったの?」
「ん、いや…まぁな…」
半吸血鬼に血液製剤売るような魔具師もそういねェしな…。
「あ!ところでさ、ボク、君の名前まだ知らないんだけど…」
「ああ?オレは六氷透だ。ムヒョでいい」
「ムヒョ…?って…、もしかして……執行人の?」
「あ?知ってんのか?」
大きな目がますます大きくなるのを眺めながら聞けば、その途端に。
「うわああん!ご、ごめんなさぁいっっ!」
ロージーはイスから飛び降りて正座すると、床に平伏さんばかりの勢いで謝った。
「あぁ?何だ一体?」
「だってだってぇ、ボクってば知らなかったとはいえ、執行人の血を吸っちゃうなんてぇ〜〜っ!」
「……☆」
「お、お願いだから地獄に送るのだけは勘弁して〜っ!」
唖然とするムヒョの足に、ぎゅうっと縋り付くロージー。
涙をいっぱいに溜めた瞳で見上げられ、ムヒョはウウッと一瞬、怯んでしまう。
「ねぇ、ムヒョォ!ボク何でも言うこと聞くっ!聞くから…っ!だから、お願い!」
ウルル〜ンで上目遣いな瞳。
少し甘えたような声と、その言葉。
足にぎゅっと縋り付いている手。
「……っ!」
これ以上ない程強力なコンボに、思わずゴクリと喉が鳴る。
マントの下の服はやたらと露出度が高いらしく、チラチラと覗く白い肌がまた刺激的で…。
こ、コイツ…ヴァンパイアじゃなくて淫魔なんじゃねェか?!
「…何でも、だと?」
目の前の誘惑にグラつきつつ、そう聞けば…、
「うん!何でも聞くよぉ!だから、地獄になんて送らないで…!ボク怖いのヤダ…」
ロージーは必死の様子で懇願した。
ボク怖いのヤダ、じゃねェ!
ドキドキとムラムラが止まらない。
こんなことは初めてだ。
「何が出来んだ?オメェ…」
何とかそんな思いと衝動を抑えようと、ムヒョは平静を装って質問を続ける。
だが、
「お、お料理とか得意だよ!家事なら大抵は出来るし…。でも、それ位なんだけどぉ……ダメ?」
そんな頑張りも空しく、ロージーの答えと態度はムヒョを煽って煽って…。
料理が得意で家事なら大抵出来る?
嫁入りする気かオメェは!!
「マントを脱げ」
気付けばハッキリそんなことを言っていた。
「え?」
きょとんとするロージー。
何の前置きもなく、着ている物を脱げと言われれば、それは確かに驚くだろう。
流石にしまったと思ったムヒョが、何と言ったものかと考えていれば…。
「あ、暑そう?そうだよね!」
ロージーは勝手に納得して、あっさりバッサリとマントを脱いだ。
重苦しい布の下から現れる、華奢でしなやかな肢体…。
肩だの腹だの脚だのが、惜しげもなく露わになって…その白い素肌に眩しささえ覚える始末で…。
ゴクリと、また喉が鳴る。
「じっとしてロ」
「え…?」
間近で瞬いた茶色の瞳。
ムヒョはその瞼にちゅっと軽く口付けた。
パチパチと驚きから瞬きが繰り返される。
「えっ、む、むひょ…?」
カアッと赤くなった頬。
逃げられる前に、サッと掠めるようなキスをして。
「何でもするんだロ?なら、じっとしてろ」
「じっと…って…?」
「煽ったのはオメェだ」
「ぼ、ボク何もしてな……んっ、ンん…」
何もしていないと、訴えかけたその唇を捕らえ、ムヒョは口付けを深くした。
口の中をソロリと舐めてやれば、途端にビクリと身を震わせて…。
「ふ…っ、ん……」
舌先が触れ合う度、ドキドキと鼓動が跳ね、熱が高まる。
ぴちゃ、くちゅと漏れる濡れた音。
最初は逃げるようだったロージーの舌が、ムヒョの舌に応えを返し始めて…。
段々、夢中になってくる。
「は…んっ、ぁ…っ」
ムヒョのシャツを握っているロージーの手に力が籠もり、それはまるで離れたくないと引き寄せるように…。
だが、ムヒョの手がロージーの身体を滑り、やたら短いズボンの中へと入り込んだ途端、
「あっ?!や…ぁあっ!な、何?ムヒョ!」
ロージーは驚きから、その身体を引き離した。
キスだけで反応していたソコは、既に変化を見せている。
「気持ち悪いか?」
ヤワヤワと強く弱く刺激を与えながら…。
訊ねれば、ロージーは驚きと困惑の混じった顔でムヒョを見つめた。
「んん、き、気持ち…いい…けどぉ…」
モジモジと、それでも正直なその言葉。
「けど?」
「何か…イケナイコトな気が…ぁっ、あ…っ、ふぁあ…んっ!」
先端を擦ってやれば、細い腰が逃げるようにくねる。
滲み出す透明な先走り。
「別にイケナイコトなんかじゃねェだろ」
滑りが良くなったのをいいことに、少し力を加えて扱きあげれば、ビクビクと腹が震え、背が撓った。
その素直な反応に、ヒッヒと笑いが零れる。
「あっ、あぁん!でも…ぉっ!何、か…出ちゃ……っ、あ…、やだ…ぁ…」
ぎゅううっとムヒョのシャツに縋る指先が、籠もる力に白くなって…。
ブルブルと全身を走る震え。
「出していい」
真っ赤に染まった耳元に囁いて、口付けながら。
先端のくびれを強く擦ってやれば、それだけで…。
「い…や…ぁあっ、あっ、あ…ぁああっ」
ヤダヤダと泣きながら、それでもロージーはあっさりと欲望を吐き出した。
パタパタと音さえ立てて白濁が床に散る。
「あ…ぁ、あ……っ、は…ぁ…あ…」
荒い呼吸、甘さの混じる声と共に、涙と汗もまた落とされて…。
「…う…っ」
酷いとでも言いたいのかも知れない。
あまりにもイキナリの行為だから。
だが、ムヒョはそれだけで終わらせる気など毛頭なくて…。
ロージーが泣き出すよりも早く。
伝う白濁を絡め取り、それを塗り込めるように、後ろの蕾へと指を潜り込ませた。
☆ ★ ☆
キイと小さく軋んだ音を立てて、寝室のドアが開く。
「ムヒョ…?」
怖ず怖ずと掛けられた声に、ギクリとしたのか、それともホッとしたのか…。
何だか妙に騒ぐ心を感じながら、ムヒョは開いていた本から顔を上げた。
「…ヨォ、起きれたか」
「うん…」
ムヒョの言葉にかあっと頬を赤く染めながらも、ロージーは小さく頷く。
窓の外は夕暮れ色。
聞こえてくる蜩の声は、涼しげで哀しげで…。
2人の間には暫しの沈黙が落ちた。
何だか奇妙に落ち着かない。
そもそも、何か共通の話題があるというわけでもない。
「……………」
ムヒョは目の前に置いてある小さな包みに手を伸ばした。
その袋の表面にはビコの店のロゴが印刷されている。
勿論、中身はビコ特製の血液製剤。
ロージーが買いに来たというヤツだ。
何と言って渡そうか…なんて、そんなことを思っていれば、ねえと…。
ロージーが先に沈黙を破った。
「ムヒョ…あのさ、また…会ってくれる…?」
それは意外な言葉…。
本当は、そう…顔も見たくないと思われても不思議ではないことをしたと、自覚がある。
だから、ロージーが起きて来るのが本当は怖かったのだ。
だというのに……。
「……また同じコトされてもイイってか?」
問えば、顔を真っ赤にして…。
それでも、ロージーはシッカリと頷いた。
ムヒョはジイッとロージーを見つめる。
ロージーもまた、ムヒョをジイッと見つめた。
「…なら、このままここにいるってのはどうだ?」
フゥンと、少し嬉しそうに照れ臭そうに笑って…。
言われた言葉に、ロージーの顔がパアッと輝く。
「いいの?」
「ダメなら言わねェ」
「じゃ、じゃあ……ボクをここにおいてくれる?ボクは家事しか出来ないけど…」
「ヒッヒ♪上等ダ」
オレはやらねぇからナと言って、ムヒョは満足そうに笑った。
ロージーもエヘヘと嬉しそうに笑う。
好きだとか、愛してるとか、そんな言葉も思いもまだハッキリとはさせぬまま…。
それでも、離れがたい思いはどちらも一緒だったから……。
かくして、執行人の家に半吸血鬼の同居人とゆー、ありえない組み合わせが誕生したのであった。
End
昨年のインテかグッコミか…ともかく夏コミ直後のイベントで無料配布した話ですね。
(日付が2006/08/18になってました)
何か、ロジが吸血鬼ってのも見てみたいなぁ…とか思って書いた記憶があります。
夏らしくサカッた内容で…(笑)
続き書こうかなーとか思ってた気もしますが、結局書かなかった為に、今まで忘れ去っておりました…orz
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