+ 神父と小悪魔の誘惑 +
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傾向; 典芬
ひとつ、またひとつ。
ベールヴァルドは乱立する蝋燭に火を灯し、歩く。
荘厳な装飾に覆われた祭壇の前が終われば、広い礼拝堂のあちこちに祀られた小さな祭壇へと移動して…。
ひとつ、またひとつ。
「………」
グルリと室内を見回し、全ての蝋燭に火が灯っているのを確認すると、ベールヴァルドは中央の祭壇の裏へと回った。
そこには人一人がやっと通れるほどの隙間があり、そして、祭壇の真裏に当たる壁には、粗末な木のドアがひとつ…。
ベールヴァルドがこのドアを発見したのは、ここに赴任して少し経った頃で…。
一体誰が何のために造った物なのかは、どんな文献を調べても載ってはおらず、まさか、ここを使うことになるとも思ってはいなかった。
鍵も掛かっては居ないそのドア…。
中へと入れば、先には地下へと降りる階段がある。
ベールヴァルドは手にした火を、壁に備え付けられたランプに灯しながら、ゆっくり地下へと降りていった。
階段の途中には、所々に部屋があり、古い祭具などが仕舞われている。
だが、それらには目もくれず、真っ直ぐに最下層まで降りて…。
「……」
灯りを前にかざせば、床に白い半円の模様が見えた。
……乱れはねぇな…。
ベールヴァルドは「ん」と小さく頷くと、模様に触れぬよう気を付けて、ドアを開ける。
途端、
「ベールさんっ!」
中から掛けられる弾んだ声と、続いて聞こえた、ガチャガチャという何かの重く軋んだ音…。
ベールヴァルドはグッと顔を顰めた。
室内に入り、ドアと鍵とを閉めれば、
「良かったぁ〜、今夜は来てくれないのかと思ってましたよ〜」
僕、待ってたんですよ〜!なんて言われ、ドキリと鼓動が跳ねて…。
「……」
プイッと顔を背けながら、それでもチラリと相手を見てしまう。
部屋の奥に居るのは、一人の青年だ。
歳の頃なら十代の終わりくらいだろうか。
プラチナゴールドのフワリとした髪に、葡萄色の大きな瞳、そして透き通るように白く、柔らかそうな肌を持つ、それはそれは可愛らしい……。
彼の名はティノ。
いかにもお人好しそうな顔で、ほんわかした雰囲気を持っているが、実は悪魔だったりするのだ。
そんなわけで、現在、彼の手足には銀製のごつい枷が付けられ、壁に繋がれていたりする。
「ねえ、コレ…外して下さいよぉ〜!」
「なんね」
甘えたような声での懇願をピシャリとはねつけ、ベールヴァルドは内心首を傾げた。
何故、ここに来てしまうのか…それが分からない。
ベールヴァルドがティノを捕らえたのは、もう1週間も前のことである。
捕まえたものの退治する事が出来ず、こうしてここに閉じこめているのだが…。
どうするわけでもないと言うのに、何故か度々、様子を見に来てしまう。
そして、ティノの方はそれをどう思っているのか、自分を捕らえ閉じこめている相手だと言うのに、親しげに『ベールさん』なんぞと呼ぶのだ。
これがこの悪魔のテなんだべか…。
俺ぁ知らず内に誑かされてんのが…?
めんげぇ顔しで、怖ぇなぃ……。
不規則に跳ねてしまう鼓動が不思議で…。
小さく甘く疼くように感じる胸の痛みが不思議で……。
ティノが悪魔であると知っているのに、分かっているのに。
神父として、数多くの悪魔と対峙してきたベールヴァルドだが、こんなことは初めてだった。
「だからぁ〜、何度も言ってるじゃないですかぁ〜!僕、何も悪いことなんてしてないんですよ!」
「おめにとっちゃ悪い事でねぇのかもしんねけっぢょ…、人を惑わし、淫らな行為をしだりさせだりってのは、人間にとっでは悪ぃ事だべ」
「だからそれ僕じゃないですってば〜っ!無実ですーー!」
「!!!」
うわーんと半泣きで言うティノは、あまりにもあまりにも可愛らしい。
ドキドキと鼓動が高鳴るのを感じながら、そんな自分を叱咤して、ベールヴァルドは十字架を握り締めながら、ギンッとティノを睨み付けた。
途端、ティノがヒッと小さく悲鳴を上げる。
「…だげっちょ、デンはおめだって言ったべな。夜毎、おめに淫らな事されで、あげにげっそりなっぢまって……」
「み、淫らな事なんてしてないですっ!大体、僕はあの人の所に行くつもりなんてなくて…、たまたま通りがかっただけで…!だから、ホント、あの人とは一面識もないんですよ〜!」
「……」
信じて下さいと訴えるティノの言葉を、信じたい自分が居るのが不思議だ。
だが、ベールヴァルドはプルプルと首を振った。
「信じらんね」
「そんなぁ、信じて下さいよ〜っっ!」
「悪魔っでのは嘘を吐くもんだ。それとも何か、証拠でもあんのが?」
「しょ、証拠…って……」
ティノが困ったように俯く。
その様子に、つい「めんげぇ…」と思いかけ、ベールヴァルドはまたプルプルと首を振った。
……俺は…悪魔の力でおかしくなっでんだべか………。
めんげぇなんで思っちゃなんね。
「あ……!証拠、あります!」
ベールヴァルドが十字架を握り締め、神の護りを請おうとしていれば、ティノがハッとしたように顔を上げる。
「ん?」
「ペンダントを…見て下さい」
そう言って、胸元に揺れるペンダントトップを顎で示すティノ。
ティノが首から下げているペンダントには、何やら不思議な球体が付いていて…。
中にはキラキラと紅い光が灯っていた。
「…僕、人間界には学校の試験で来たんです」
「試験?」
訝しげに呟くベールヴァルドに、ティノはコクと頷く。
「それで、これの中の光が赤いのは、まだ何も出来ていないからなんですよ!だから僕、本当にまだ何にもしてないんです!」
ね?なんて、やや表情を明るくするティノとは対照的に、ベールヴァルドはムゥと考え込むように顔を顰めた。
「試験の内容は?」
探るように尋ねれば、ティノは僅かに頬を赤らめる。
「ええと、人間を一人惑わして…、エッチなことをするんです」
「……とんだ試験だなぃ…」
「ぼ、僕が決めたワケじゃないですもん!とにかく、僕はまだ悪いことなんて何もしてないんです!だから、これ外して下さい!」
手足に着いた銀の枷をガチャガチャさせ、ティノは訴えた。
ベールヴァルドは「ん〜…」と小さく呻る。
「………エッチなことしだら…本当に色変わんのが?」
「え?そう聞いてますけど…まだした事ないから……」
ベールヴァルドは「そか」と頷いて…。
少しの間考え込んだ後、おもむろに、ティノに口付けた。
「んぅ…っっ?!?!」
それは、最初から深い深いキスで…。
歯列を割った舌は、口腔内を丹念に舐め、戸惑う舌を捕らえる。
「ふ、んん…っ」
初めこそ目を白黒させていたティノだったが、すぐにベールヴァルドの舌に応えを返し始めた。
「…ふぁ…ん、は…っ」
ティノの漏らす甘く艶めかしい吐息に、ベールヴァルドの背をゾクゾクした物が走る。
舌先が触れ合う度に閃く危うい感覚が、徐々に思考を白く染めて…。
だが、ジャラジャラと耳障りな手枷の音に意識は引き戻された。
「……」
ベールヴァルドはティノの柔らかな唇をペロリと舐め、身を離す。
「…ぁ…っ」
名残惜しげにベールヴァルドを見つめるティノ。
上気した頬、潤んだ瞳、熱い吐息を漏らす濡れた唇…。
そのどれもに欲情をそそられながら、ベールヴァルドはティノの胸元に下がったペンダントへと視線を移した。
成る程、先程までの紅い輝きが、今は何やら少し紫がかった色に変わっている。
「…ん、そか…」
それを確認し、本当だったらしいと頷くベールヴァルド。
ほんだら、デンとこに現れてんのぁ他の悪魔で…。
ティノでねがったんだなぃ……。
それはそれで問題なのだが、それでも、デンを誑かしていたのがティノではなかった事が、何故だか妙に嬉しい。
「な…っ、い、今の…、まさか確認のために…?」
目を丸くするティノ。
「手っ取り早ぇべ?」
「…………ベールさん、神父って絶対ウソでしょう!」
「ん?本当だげっちょ?」
咎めるような視線と言葉に、ベールヴァルドはぷすりと笑う。
「神に仕える身が、悪魔の言葉を確かめる為に悪魔に触れるなんて…あり得ないですよ…っ!」
「おめのせいだべ」
「な、何がですか?」
再び近付く顔。
見上げてくる葡萄色の瞳を覗き込み、
「おめが俺ば惑わしたんだべ」
そう囁いて、ベールヴァルドは口付けた。
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