+ 森の中の出会い +
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傾向; 典芬
すぐそこと言われたその言葉の通り、木々の間を抜ければ、ほんの僅かの距離にフィンランドの家はあった。
童話の中にでも出てきそうな、可愛らしい木造の家…。
「ちょっと散らかってますけど、どうぞゆっくりしていって下さいね!」
勧められるまま家に上がり、イスに座って、コーヒーとお茶菓子を頂いて…。
スウェーデンが、何を話した物か…なんて思っていれば、
「スウェーデンさんは、兵士の方ですか?」
フィンランドの方がそう尋ねて来た。
「ん?ほんでね、俺ぁ……」
海賊だと言えば、怖がらせてしまうだろうか…。
ふとそう思って、言葉を切る。
だが、スウェーデンが言い淀んだ事を気にする風もなく、逆にフィンランドは瞳を輝かせた。
「もしかして…、海からいらっしゃったんですか?」
「ん、そだ」
「本当に?どうやって?」
「あー…仲間に、精霊使いが居っがら…そいつが風の精に頼んで…」
「どうしてここへ?」
「んっど…」
畳み掛けるように尋ねられ、スウェーデンはまた言い淀む。
だってそう、スウェーデンはフィンランドに会いに来たのだ。
名も知らず、姿も知らず、それどころか居るかどうかも知らない内に、何故か逢いたくて…逢わなければならない気がして、ここへ探しに来た。
そんな事を正直に話して、果たして理解して貰えるだろうか。
否、普通は解らないだろう。
気味悪がられるかもしれない。
「ん…、宝探し…だべか…」
何と言った物か…と思いながら、そう言う。
勿論、心の中では『宝=フィンランド』なんて思っていたり。
そんなスウェーデンの胸の内などつゆ知らず、フィンランドはまた顔を輝かせた。
「そうなんですか〜!あ!スウェーデンさんはもしかして、海賊なんですか?」
「ん…そだ」
「へぇ〜〜っ☆」
凄いなぁなんて、何がどう凄いと思う所なのか分からないが、それでも怖がられている様子はないから、スウェーデンはホッとして…。
「海って広いですか?」
「ん」
無邪気な質問にコクコクと頷く。
「街って、どんなところですか?いっぱい人がいるんですか?スウェーデンさんは、他の国とかにも行った事があるんですか?」
「…おめ、外さ行っだ事ねぇの?」
興味津々といった感じのフィンランドに、スウェーデンはふと気になって尋ねた。
すると、フィンランドはキラキラした笑顔をフッと消して…、代わりにやや寂しげな笑顔を浮かべる。
「僕、森の外に出ちゃいけないらしいんです」
「なして?」
きょとんとして尋ねれば、フィンランドはじいっとスウェーデンを見つめた。
「………」
何を言うべきか、何を言わざるべきか、見定めているようなその瞳。
葡萄みたいな紫の大きな瞳は、見つめていれば吸い込まれそうで…。
何だか頭の芯がクラクラとしてくるようで…。
「………」
「コーヒーのお代わりはいかがですか?」
やがて、フィンランドはニッコリと笑ってそう言った。
「ん…、すまね」
スウェーデンが頷けば、カタンと席を立つフィンランド。
彼がキッチンへと消えると、スウェーデンはフゥ…と詰めていた息を吐き出した。
それからゆっくりと室内を眺める。
フィンランドが側に居る間は、他の物に目を向ける余裕なんてなかったのだ。
木造の家は大きすぎず、小さすぎず…手入れが行き届いている。
リビングを飾る家具や装飾品は、落ち着いて暖かく、何とも居心地が良い。
何とまぁ、めんげぇ家だなぃ…。
フィンランドにぴったりだなんて…、そんな事を思っていれば、ふわりと足下に感じた暖かさ。
何だろうと、テーブルの下を覗けば、そこに花たまごがいて…。
スウェーデンは白い子犬をひょいと抱き上げると、その瞳を覗き込んだ。
「おめ、なして俺んトコさ落ちて来たんだ?」
尋ねれば、花たまごはキュウンと鳴いて、それからペロリとスウェーデンの鼻を舐める。
「ちょっと、花たまごってばダメでしょ!」
新しいコーヒーを持ってきたフィンランドに窘められ、花たまごは小さく鼻を鳴らすと、スウェーデンの手から逃れ、トタトタと駆けて行ってしまった。
「すみません、お客さんなんて来ないから…花たまごも嬉しいんだと…」
「構わね」
申し訳なさそうなフィンランドに、フルフルと首を振って…。
スウェーデンは気になっていた事を聞いてみる。
「……この森、立ち入り禁止さなってんべ?おめは…ずっとここさ一人なのが?」
ああ…と、曖昧に頷くフィンランド。
「母が死んでからは…そうですね。あ、でも、兵士の方達が居るから、完全に一人ってわけでもないかな…」
あはは、なんて笑って……。
……んでも、見たトコ兵士達は森の中には入らねぇみてぇだったなぃ……。
この森に纏わる数々の噂が原因なのかもしれない。
立ち入る事を禁じられ、人を寄せ付けないこの森……。
魔女が住んでいるという森……。
んだけっぢょ、なして…フィンはこの森さ住んでるんだべ……?
ここさ一人で……?
……この森は魔女の森っで聞いてたけんぢょ…?
そういや…母親が死んだって…今、言ってたなぃ……?
「フィンは……フィンって呼んでもえぇべか?」
「え?あ、勿論です!じゃあ、僕もスーさんって呼んでも良いですか?」
「ん」
「それで?」
「んっど、ひょっどしてフィンは…この森の魔女の息子か?」
問えば、フィンランドはハッと息を呑んだ。
一瞬の間に瞳を過ぎる様々な感情。
それは、あまり良いものではないようで…。
思いなしか青ざめた表情に、悪いことを聞いてしまったのかと思う。
だが、
「…いや、言いたくねぇんだら…」
スウェーデンが発言を取り消そうとすれば、フィンランドは慌てたように必死に首を振った。
「あ、あのっ、違うんですよ?僕は確かに魔女の息子ですけど、魔法とか全然得意じゃないし、呪いとかやった事ないし、勿論、花たまごだって魔物なんかじゃないですし、人を食べたりなんて…っ!」
「フィン?」
「あの、ホントのホントに、噂は全部噂で…っ、家に呼んだのだって、ただ…スーさんとお話ししたかっただけで…っ」
「フィン、落ち着げ」
必死で訴えるフィンランドのその様は、可哀想な程だった。
きっとこれまで、噂のせいで、嫌な思いを沢山して来たのだろう。
スウェーデンは胸が痛くなるのを感じながら…。
「決して、騙そうとした訳じゃないんです!でも、怖がらせたくなかったから黙ってたんで…それは、悪かったかもしれませんけど…でも…本当に、騙そうとか…そーゆーんじゃ…っ」
「ん、分かった。分かったがら」
そう言って、ぎゅうっと手を握ってやる。
「…ぁ……!」
ハッと我に返るフィンランド。
握られた手を見つめ、それから怖ず怖ずとスウェーデンを見つめて…。
「俺はおめの事、怖ぇなんて思ってね」
不安そうなフィンランドに、スウェーデンは言い聞かせるように囁いた。
「…ほ、本当に…?」
「ん」
「気味が悪いとか…思わないですか…?」
「思わね」
「ホントのホントに?」
「おめはめんげぇ。そんだけだ」
不安と期待に揺れる紫の瞳をジッと見つめ、キッパリと言うスウェーデン。
「…め……っ?」
その言葉に、フィンランドの大きな瞳が更に大きく見開かれる。
「めんげぇ…って……」
それからボボッと、真っ赤に染まる頬…。
「おめこそ、俺が怖くねぇの?俺ぁ海賊だど?何か悪さすっかもしんねぇべ?」
「え…?だ、だって…、スーさんは悪い人には見えません!」
「そんだら、おめこそだべ」
ぷすっと笑って言えば、フィンランドはポカンとして…やがてあははと笑い出した。
「そ、そっか…!」
「んだべ」
コクリと頷くスウェーデンに、ひとしきり笑って、ちょっぴりにじんだ涙を拭う。
「…ありがとうございます、スーさん」
「別に…、俺ぁ…」
エヘヘと笑ったその笑顔が、あまりにも可憐だったから、スウェーデンはドギマギとしてしまいながら…。
けれど、そんな折りにタイミング悪く、ひゅるると吹いた風が、ドアを叩く。
それに、ああと呻きに似た声を上げたのはどちらか…。
それは酷く残念そうな響きを持って…。
「お迎えですね…」
フィンランドはポツリと呟いた。
その風がスウェーデンを迎えに来た物だと分かる辺り、流石は魔女の息子と言ったところか…。
「んだなぃ…、船に戻らねぇと…」
溜息混じりに呟いて、スウェーデンが席を立てば、
「あ、そうだ!」
フィンランドはパンと手を叩くと、パタパタと奥の部屋へ掛けていった。
そして、程なくして戻ると、スウェーデンにずいっと両手を差し出す。
「これ、貰って下さい!」
「…んっど?」
掌に乗っているのは、綺麗な青い石の嵌った首飾り…。
「あの、助けて貰ったお礼です!僕が作ったお守りみたいなものなんですけど…、航海の無事を祈りました…から……」
「えぇの?」
小首を傾げるスウェーデンに、フィンランドがアワアワしながら、
「スーさん、宝探しに来たって言ってたけど、この森には何もないし…」
そう言って、怖ず怖ずと見上げる様がまたえらく可愛らしい。
この森にゃ、おめがいんべ…。
俺にとっだら、それが何より一番の収穫だ……なんて、恥ずかしくっで言えねぇけんぢょ…。
そんな事を思い、ポ…と頬を染めて…。
「ん、あんがとなぃ」
スウェーデンはボソリと言うと、フィンランドの手から首飾りを受け取った。
「ど?」
貰った首飾りをすぐに身につけ、尋ねれば、フィンランドは嬉しそうに微笑む。
そして、今度はやや俯き、モジモジしながら…、
「あ、あのぉ…、それでもし…また……近くを通ったりしたら……」
そう言いかけた。
何処か必死なその様子に、ドキリと胸が騒ぐ。
また来て欲しいと、そう思ってくれているのかと思えば、嬉しくて…。
「!!!」
「あ…!ああいえ、あの…っ、なな、何もないトコなので…、あれなんですけど……。で、でも…よければ……ほんのちょっとでも…いいので……」
嬉しさのあまり、ついついググッと顔に力が入ってしまえば、フィンランドはスウェーデンを見てビクゥッと身を竦めるが、それでも懸命に言い募るから…。
「また、寄ってもえぇか?」
スウェーデンは自ら、フィンランドがなかなか言えずにいる言葉を、尋ねてやった。
途端、
「ええ、勿論ですっ!いつでも来て下さいっ!」
ぱああっと輝く笑顔。
「そ?ほんだらまた、寄らせて貰っがら…」
「ええ、是非!」
「ん、絶対ぇ来っがら。今度は土産も持って…」
沢山沢山、お土産を持って来ようと思う。
いろいろな土地の、いろいろな物を。
綺麗な物も、可愛い物も、美味しい物も。
フィンランドが喜びそうな物を、沢山沢山持って……。
外に出れば、ヒュルルルと渦巻く風がスウェーデンを空高くへと運ぶ。
一瞬で小さくなるフィンランドと花たまご。
いつまでも見上げている一人と1匹を、スウェーデンもずっとずっと目で追って…。
またきっと来るからと、思いながら……。
そのまま、船の上まで…。
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